おびひろ 都市・農村・自然環境の調和

とかち帯広市は、北海道東部の十勝地方のほぼ中央に位置する、
◇ 帯広の名の由来

市街地

帯広市の市街地は、十勝川と札内川に挟まれた平坦な土地に広がっています。
それぞれ東西・南北方向に走る国道38号・236号を中心に、ほぼ550メートルごと碁盤目状に幹線道があり、明治時代の開拓期から計画的なまちづくりが行われてきました。現在、市街地の約9割の地域では「西(東)○条、南(北)○丁目」の住居表示を用いています。
さらにアメリカの首都ワシントン市を模したといわれる、「火防線」という斜交道路を設けています。当初は大規模火災の延焼防止用でしたが、現在は道路や緑地帯として利用しています。
帯広駅北口から北へ伸びる西2条通を中心に商業施設やビジネス街があるほか、郊外型の商業施設が西帯広地区、稲田地区(市街地南部)などにあります。
工業団地は、国道38号・帯広広尾自動車道沿いの市街地北西部に帯広工業団地・新帯広工業団地・西20条北工業団地などがあります。

面積は619.34平方キロメートル(東京23区とほぼ同じ)で、南西部は日高山脈が占め、市域の1割が「日高山脈襟裳国定公園」に指定されています。
また、山地から札内(さつない)川、帯広川、戸蔦別(とったべつ)川などが流れ出ていて、札内川の水は水道水の原水として利用しています。
一方、市域の約6割を占める中央部・北東部の平地は、その約半分が農地であり、全国でも有数の大規模経営の畑作・酪農地帯です。
市街地は市域の北東端に位置し、全国6位の流域面積の十勝川や札内川に隣接しています。

年平均気温が6.8度、年間降水量が約888ミリメートル、1ミリメートル以上の降雨日が年間約85日と、日本では冷涼少雨の地域です。内陸部に位置するため、1日の気温差が比較的大きく、1日の最高気温と最低気温の差は平均10.4度(同東京8.2度、札幌7.6度)になります。
夏季の晴天の日は30度を超える日(平年値10.5日、平成27年は15日)もありますが、そのような日も朝晩は15度くらいまで下がります。冬は北海道内でも最低気温が下がりやすい地域で、最低気温が氷点下になる「冬日」は平年値で年間156日あり、厳寒期には氷点下20度前後まで下がります。最高気温が氷点下の「真冬日」は、平年値で年間56日あります。
帯広市の歌

市ホームページで聞くことができます。
帯広市の市歌はこちらから

○帯広市市歌
開基70年市制施行20年記念事業の一つとして「市歌」を公募し、外山雅一さんの作品を選定した後、十勝で幼少期を過ごされた著名な作曲家の伊福部昭さんに作曲を依頼し、昭和27年3月31日に制定しました。

語り継がれた歴史

帯広の幕開け

蝦夷地(北海道)には既に先住民のアイヌの人々が、独自の文化を築いていました。江戸時代に入ると漁場確保やアイヌの人々との交易のために、和人の進出が沿岸全域に広がりました。
そうした中、寛政12(1800)年に皆川周太夫が帯広に足を踏み入れ、十勝内陸部の様子を記録に残しました。続いて安政5(1858)年には松浦武四郎がアイヌの人々の道案内で詳しく調査し、将来有望な地であることを「十勝日誌」で紹介しました。明治2(1869)年、蝦夷地は北海道と改称され、十勝国(現在のほぼ十勝総合振興局域)を創設。帯広の前身の河西郡下帯広村が誕生しました。

晩成社と開拓移民

帯広の本格的な開拓は、明治16(1883)年5月に依田勉三率いる晩成社(明治15年1月、現在の静岡県松崎町で結成)一行27人が、下帯広村に入植したことから始まります。彼らは度重なる冷害、バッタやノネズミによる食害など、苦難の開墾生活を送りながらも、牛肉やバターの生産など多様な事業に取り組みました。依田勉三の死後晩成社は解散しますが、十勝の開拓や産業に先駆的な足跡を残しました。

十勝には、北海道に多く見られる屯田兵は設置されませんでした。明治30年ころから、富山県や岐阜県など本州からの移住者が増加し、開拓が進められました。

市街地の誕生

晩成社が帯広に入植した10年後の明治26(1893)年には、現在の国道38号沿いに集落が形成されました。その後明治28(1895)年、北海道集治監十勝分監の開庁とともに受刑者によって当時は監獄道路と呼ばれた大通が整備され、市街地誕生の基礎となりました。
以後帯広は、明治35(1902)年に十勝で最初の町となり、昭和8(1933)年には市制が施行されました。

帯広市史(平成15年編)

平成14年に、明治16年の晩成社一行の入植から数え120年の節目を迎えました。
これを記念して、20年ぶりに改訂し平成15年12月に発刊しました。
総務課で販売しています。冊子版1万円、CD-ROM版6000円(共に税込み)です。

総務課 ☎ 0155-65-4100

各種都市宣言

交通安全都市宣言(昭和37年5月17日)
健康スポーツ都市宣言(昭和63年10月10日)

暴力追放・防犯宣言(平成元年8月5日)
核兵器廃絶平和都市宣言(平成3年8月15日)

姉妹都市・友好都市

帯広市が提携している姉妹都市・友好都市は6都市です。市民レベルでの交流も進み、友好の輪が広がっています。帯広市には、市庁舎に2人、森の交流館・十勝に2人の国際交流員がいて、英語などによる在住外国人の相談対応や国際理解、姉妹都市交流を行っています。

開拓姉妹都市松崎町

帯広の開拓の祖、依田勉三翁の生誕地。勉三翁ら開拓者の功績をたたえ、その開拓精神を学ぼうと、昭和53年に締結。親善訪問団の相互派遣を通じて交流を深めています。伊豆半島の西海岸にあり、人口約7100人のまちです。

観光文化姉妹都市大分市

昭和41年、東京から帯広・大分両空港への航空便就航を機に、空港姉妹都市を締結。親善訪問団の相互派遣や物産展などを通じ、交流を深めています。大分県の県庁所在地で、人口約48万人のまちです。

産業文化姉妹都市徳島市

昭和52年、両市の観光協会が姉妹協会となったのが始まりで、昭和57年に帯広市の開基100年を記念して締結。親善訪問団の相互派遣や物産展などを通じて交流を深めています。徳島県の県庁所在地で、人口約26万人のまちです。

国際姉妹都市スワード市
(米国・アラスカ州)

昭和43年に姉妹都市を締結。昭和48年から高校生の相互派遣が始まり、友好を深めています。アラスカ州キナイ半島東岸のレザレクション湾に面する港町で、面積55.8㎢、人口約3000人で漁業と観光のまちです。

国際友好都市
朝陽市(ちょうようし)(中国・遼寧省(りょうねいしょう))

昭和60年、朝陽市の訪問団を受け入れたことから交流が始まり、平成12年に締結。平成14年度からは高校生の相互派遣が行われるなど、交流を深めています。中国東北部の遼寧省の西部、省都の瀋陽市と首都北京との中間に位置し、面積約2万km2、人口約340万人(都市部に約42万人)で、農業と鉱工業のまちです。

国際姉妹都市マディソン市
(米国・ウィスコンシン州)

戦後、帯広・十勝から多くの農業後継者がウィスコンシン州に渡り、実習や研修を積んだのをはじめ、「マディソンモデル」と呼ばれる精神障害者に対する地域支援システムを学ぶための交流や大学間の交流など、幅広い分野の交流が進み、平成18年10月に姉妹都市を締結。アメリカ中西部、5大湖の一つミシガン湖の西岸に位置するウィスコンシン州の州都で、人口約23万人、北緯43度に位置し、気候・自然環境などは帯広市にとても似ています。

外国人講師派遣事業

森の交流館・十勝 ☎ 0155-34-0122

十勝在住の外国人が、自国の文化を紹介します。一回2時間程度で、費用は無料です。会場使用料などは申込者が負担します。